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Vol.4 国際級トップモデル/美の伝導師 ” Tin Moe Lwin”

ミャンマー女性のイメージを変えた国際トップモデル

美の伝導師は多彩な才能でスター育成やTVでも活躍

 

T1

 

今回のVIP   Miss Tin Moe Lwin ティンモールウィンさん
Talents & Models Agency Managing Director/機械エンジニア/モデル/プレゼンター/インストラクター/観光大使/デザイナー/作家/振付師

インタビュアー  栗原 富雄 Tomio Kurihara Yangon Press 編集長

 

 上記の肩書を見てまず驚く。失礼ながら本当か、と思うのは自然だが、どのキャリアもほぼトップレベルの名声を得ているというから、さらに興味は増す。この国で唯一国際的に通用するモデルに上りつめ、今や毎年ミスコン代表を輩出するスクールを経営し、“美”をあくなき追及するティンモールウィンさんは、あのスーチーさんとともに「ミャンマーを代表する50人の女性」にも選ばれたことのある才女だった。

ミャンマー人離れした容姿とオーラ

ペプシのCMモデルでスターダムに

以前、この国でも圧倒的人気を誇るトヨタの新車発売セレモニーに招待されたときのことだ。祝典には関係大臣、経済人や有名スターが多数駆けつけ、さすが世界のトップ企業のことだけはある、と思わせた。しかし、この日、こちらが思わず息を呑む瞬間がもうひとつあった。プレス・カンフェランスでプレゼンターとして登場した女性を目撃したときだった。

凛とした気品と知的なお顔立ちに加え、シルクのドレスに包まれた身長175㎝はあろうかというミャンマー人離れした容姿に、あろうことかこちらの視線はしばし釘付けになってしまった。その女性が、今回ご登場願ったティンモールウィンさんだった。

 

当方は、直感的にオーラのようなものを感じ、ただならぬお方であるとの確信を持った。そこで同行したミャンマー人記者に尋ねると、「超有名女性」と耳打ちされたので、会見後、間髪をいれずに趣旨を説明し、取材のお願いをしたところ、拍子抜けするくらいあっ気なく承諾をしていただいた。

 

そして「日本のメディアには関心がある」という意外なお言葉をも頂戴したのである。その後の事前調査では、ミャンマーで1,2を争う老舗の有名モデルエージェンシーを経営し、ご自身も未だ現役のトップモデルとして活躍なされている、と判明した。

 

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やはりと言うべきか、これだけでもお会いする価値は十分にあったが、それ以上に仰天したのは、この華麗なるキャリアとプロフィールである。 むろん、どの肩書も伊達ではない。お話を聞いているうちにいずれのフィールドでも第一線で活躍されていることがわかった。

余談だが、あのアウン・サン・スーチーさんとともに、「ミャンマーを代表する50人の女性」(ミャンマー・タイムス紙)の一人に選出された凄い女性でもあったのだ。

 

とはいっても、若かりし頃の女優松原智恵子さんを彷彿させる美貌の持ち主に「機械エンジニア」という硬派の組み合わせは、どう頭をひねってもイメージしにくかった。その胸中を見透かされたように、上品な微笑を浮かべながら

 

「大学はヤンゴン工業大学でした。もちろん真剣に勉強しましたよ。小さい頃から機械いじりが好きでしたから」

 

と、のっけからこちらの出鼻をくじくような発言が飛び出した。ということは、そのまま平穏無事いっていたら、今頃は何処かの機械メーカーで技術者として地味なお仕事に精をお出しになっていた可能性もあった。

 

しかし、やはり天は運命を変えた。この天性の美貌を、世間がまず放っておく訳がなかった。

 

「大学1年の時、スポーツイベントの看板モデルに抜擢されたんです。その事が学内でもちょっと話題になって、私の存在が知られるようになりました」

 

今でいう”ミスキャンパス”的な憧れの的になったのだ。そして1991年のこの年、米国からペプシコがミャンマーに進出し、ティンモールウィンさんは、21歳のときに、この世界的な飲料水メーカーのイメージモデルにスカウトされた。これが、後にミャンマーで唯一国際的に通用するモデルとしての名声を得、現在でも他の追従を許さない頂点に君臨する彼女の原点ともいえる出来事だった。

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香港でつかんだ“国際感覚”、20代前半にミスコンを総なめ

彼女は、16歳のときに香港に行くチャンスに恵まれ、約1か月間滞在した。

 

「この街での体験は、私にとって何もかもが新鮮で衝撃的でした。宿泊させていただいた家の近くにたまたまモデルスクールがあって、毎日食い入るように見学させてもらいました。そこで見たファッションの世界は想像以上に華やかで、本当に刺激的でした。そしてこの時の経験が私の心の中に“いつか自分も”というトラウマになったような気がします。このグローバルシティーの文化に触れたことで、“国際感覚”とは何か、ということも実感できたのではないかと、思っています」

 

幼少時は医者になりたいという目標があった。しかし医科大に入るには少々点数が不足していた。そこで技術者の道を選択したわけだが、教育には熱心なご両親の影響もあった。

 

実際、実姉は教師になったし、ご両親の愛情をふんだんに受けながらも、躾や進路については厳格そのものの家庭だった。

 

「ペプシコの仕事の後、私の中でこの世界でやっていけるかな、という自信めいたものが生まれました。そしたら、国家が関わるスポーツイベントや建設、道路関係のプロジェクトのイメージモデルの依頼が次々に舞い込むようになったのです。海外企業からもオファーが来ましたね。多分、他の方より大柄で健康的に見えたせいでしょうか(笑)」

 

モデルの仕事が増えるにつれ、学生の身でありながら“プロ”としての自覚を持ち始めたのもこの頃からだったという。そして22歳の1992年、”Miss YMCA”の栄誉に輝き、翌1993年には念願の”Miss Yangon”のタイトルを獲得し、同年”Miss Olympic”に、さらに翌年にはWHOから”Miss Beautiful Smile”という賞を頂く。
まさにこの数年間はこの国の”ミスコン”のタイトルを総なめにした。むろん”ティンモールウィン”の名は全国に響きわたった。

 

 

娘のために大使夫人に直訴した母

海外ショーにミャンマー人で初参加
 

 

「国の仕事を始めてから、両親も少しは理解を示してくれるようになった気がします。特に最大の協力者になった母の存在は大きかったですね」

 

お母さんのキン・メイリーさんに関しては、こんな逸話が残されている。

 

ミスヤンゴンのタイトルを獲った直後、日本の着物にあこがれていたティンモールウィンさんの願いをかなえたい一心で、キンさんはヤンゴンの日本大使館の前で、大使夫人の帰りをずっと待ち続けた。当時のミャンマーでは和服は入手不可能だったからだ。

 

そして姿を見かけると、駆け寄って懸命に直訴した。その熱意に夫人もほだされ、着物を快く貸し出してくれた。しばらくしてティンモールウィンさんがその和服を着てショーに出ることになったが、客席には何と大使夫人の姿があったという。心温まるいい話である。

 

「着物は大好きでした。ミャンマーのロンジーと同じように、歩く姿がとてもエレガントで女性の美しさや優雅さが際立ちますからね。だからどうしても着てみたかったのです。母には本当に頭が下がりました」

 

(左)母親のキン・モーさん

(左)母親のキン・モーさん

 

こうして彼女はこの国でトップモデルとして揺るぎない名声を築き始めるが、それを決定的にしたのは、24歳の時、シンガポールで同国赤十字が開催したASEAN8カ国によるチャリティー・ファションショーに、ミャンマー人モデルとして初めて声がかかったことだった。

 

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