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Vol.5 Shwe Myitmakha Media Group CEO ”May Thingyan Hein”

時の権力にペン1本で立ち向かった不屈のジャーナリスト
 

正義感で真実を伝える使命に燃えた女性の壮絶な記者人生
 

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今回のVIP   

Miss May Thingyan Hein メイ ティンギャン へインさん

Shwe Myitmakha Media Group CEO/Journalist ジャーナリスト

インタビュアー  栗原 富雄 Tomio Kurihara Yangon Press 編集長

 

“ペンは剣よりも強し”とはよくいうが、物言えぬ時代にペン1本でよくぞここまで闘ってきたものだと敬服する。権力に臆することなく数々の真実をスクープし、ついに米国から名誉ある賞を授与された。通信社のCEOになった今も、彼女の記者魂は少しも衰えない。

 

 

敏腕記者は今、通信社のCEOに。使命に燃えた不屈の精神に敬服

今回お招きしたメイさんが最高経営責任者を務めるShwemyitmakha(シュエミャンマカ)といえば、今、この国では存在感を増しつつあるニュース通信社で、出版社をも兼ねるメディアグループである。

 

少し前までは彼女が全権を掌握していたが、事業の拡大に伴い、現在編集長職を実弟のAye Chan Hein氏に任せ、CEO自ら営業に奔走し、経営に専念している。

 

その甲斐あって、ヤンゴン本社だけでも今や従業員は70人を超し、地方のスタッフを含めれば相当な大所帯になっている。ここまでこの会社を有名にし、躍進させたのは、何と言っても彼女自身のジャーナリストとしての知名度と業績に他ならない。初対面で優雅にご挨拶されたが、ちょっと見は普通のミャンマー女性といった感じで、この国のメディア史に名を刻む反骨のジャーナリストという雰囲気は微塵もなかった。

 


「会社が大きくなるのはありがたいですが、利益を出すのは大変ですよ。でも、やはりスタッフの生活とか、取引先との絆とか、色々責任がありますからね。本当は、時間があれば記事を書いたり、現場へも出たいんですけど、今はそうもいかなくなって」

 

そういって笑みを浮かべたメイさんだが、言論の自由を保障された我が国や欧米とは違い、民政移管前のミャンマーで記者としての使命感に燃え、次々に本気でスクープをものにしてきた彼女の不屈の精神は、半端ではない。

 

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権力を恐れずに真実を報道逆境の中で世界へ配信する

今から14年前の2002年、彼女が28歳の駆け出し記者時代のことだった。この年の11月に世界は予期せぬ災難に見舞われる。

 

中国広東省で発生したSARS(鳥インフルエンザ)という伝染性の急性肺炎が猛威をふるったのをご記憶だろうか。発生直後に現地で治療に当たった医師が帰路香港のホテルに立ち寄り、同じホテルの宿泊者が感染。そしてベトナム、シンガポール、トロントと、瞬く間に世界へ拡大していった。

翌年の7月、WHO(世界保健機関)が発表した数字では、全世界の感染者数はわずか8か月間で8,098名を数え、死者は774名にも上った。

 

 

「実をいうと、ミャンマーでも発生していました。でも、政府はこれを公にすることを躊躇(ちゅうちょ)していたのです。だからどうしても正確な情報を伝えなければと思い、記事にしたのです」

 

 

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正義感に燃える彼女の決断だった。しかし当然政府からはマークされるようになった。

 

「別に権力者に盾突こうと思ったわけではないんですよ。この国にやってくる方に事実を知らせる必要があると、判断したからです」
 

2年後の2004年、今度は政府の公式発表に異論を唱えた。
 

「ミャンマーの乳児は母乳でしあわせに育つ」というメッセージに対し、「現在のミャンマー女性は、ある程度の産休を取ったら、職場に復帰する母親が多いため、母乳だけというわけにはいかない。牛乳か粉ミルクに頼らざるをえない」と書いた。
 

これで政府からさらに厳しいマークが入り、要注意人物となった。しかし彼女は臆することはなかった。
 

「その2年後に、停電が頻繁(ひんぱん)に起きるから、どうしても燃料を使うことになりますが、それで呼吸器系の病気にかかる若者が急増した、と問題点を指摘した記事を書いたのですが、これも逆鱗に触れたようでした」
 

この頃からメイさんは実名で原稿を書くことができず、何と13ものペンネームを作って記事を書きわけるようになっていた。 翌年の2007年にはヤンゴンの「Thein Gyi」(テンジー)市場で行政に対するデモが起き、その数日後には「Hle Dan」(レダン)へ飛び火した。メイさんはいずれも現場にいたが、ついに警察からお呼びがかかった。

 

「夜の7時まで事情聴取され、デモの取材はおろか、行動の自由も制限されました。当日は知人から携帯を借りていましたが、その携帯番号もブロックされ、持ち主に大きな迷惑をかけてしまったのです」

 

当然ながらネットも使用禁止。それでも深夜のたった15分間だけつながることがわかり、傍らにスタッフをおき、徹夜でその15分間に、この国の真実を世界に配信し続けた。恐れ入る程の執念である。
 

メイさんの出身はシャン州で、地元Naung Cho町の高等学校を卒業。父親は弁護士で、政府に土地を没収された人や、困難に直面する多くの人々の相談に乗っていた。彼女はそうした父の元を訪れる一般人の悲しい現実をいつも目のあたりにしていた。

 

 

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若き日のメイさん


 

 

そして1988年、14歳の時に大規模な民主化のうねりをBBCのビルマ語放送(British Broad Casting Burmese)のニュースで知り、大きなショックを受けた。

 

「正確な事実、そして人間の悩みを幅広く伝えることが記者の仕事だ、と気づきました。そして不正を暴き、苦痛にあえぐ人の涙を分かち合えることができるのもジャーナリストしかない、と思い、そのとき、この職業を選ぶことを決断しました」

 

と、当時を語る。 そうした孤独で辛い彼女の闘いは、のちに世界のメディアが手を差し伸べてくれることになる。ネットの空白の15分間に世界中に記事を配信続けていた2007年11月に、米国のICFJ(International Center of Journalists)から、「Knight of Journalism 」受賞の知らせが舞い込んだのだ。
 

1990年に創設されたこの団体は、世界中のジャーナリストを支援する組織で、逆境の中で使命感に燃える彼女の姿勢を高く評価していた。

 

「授賞式に招かれて米国へ行ったとき、帰国までに5州を回り、新聞社やメディアの関係先を見学し、ジャーナリズムの研修をさせていただきました。そして帰国してからこの経験を生かそうと思い、調べたら、ニュースエージェンシーなら作れることがわかったのです」

 

再びメイさんがメディアの表舞台に出るチャンスが到来した。副賞として1,000ドルを授与されたが、500ドルは大学で助教授をしていた母親の研究用に渡した。
 

「母はその時、バゴーからピーに流れるMyit Ma Kha(ミャンマカ)という川でリサーチをしていました。それで現在の社名はこの川にちなんで命名したのです」
 

残った500ドルでパソコンを買い、二人のスタッフを雇い、2008年の1月に通信社を興した。それから7年、無一文同然でここまでの会社にした手腕には敬服するが、同業者として見た場合、かりに当方が彼女の立場になった場合、同じことができたかどうかは、考えるまでもなかった。
 

「今、不満なのは、政府系のメディアしか取材を許されないところがまだ数多くあることです。せっかく民主化へ進んでいるのですから、メディアも平等なシステムにしてほしいと思いますよ」
 

 

CEOにはなったが、メイさんのジャーナリストとしての反骨精神はまだまだすたれてはいないようだ。
 

 

Miss May Thingyan Hein 略歴>

記者として外国研修でタイ、インドネシア、フィリピン、ドイツ、アメリカ、中国などを訪れたことがある。今は社会活動ジャーナリスト養成クラスを作り、無料で教えている。人に頼まれたら断れない性格で、自分が貧しかった時代でも、依頼されたら断ったことはない。

日本人へのメッセージ: 日本人や日本の団体は、世間に知られなくても活動する。寄付、寄贈者の中には売名行為で行う人もいるが、日本人はそうではない。そうした日本人の精神には尊敬の念を抱く。被爆国から懸命に復興を遂げた精神力やその努力には頭が下がる。

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